懐かしい!珍しい車両・路線の宝庫です!

~JR久大本線の珍車両~

九州の久留米~大分間141.5kmを結ぶJR久大本線には、1形式1編成のみの珍車両が3形式もそろいます。

~珍車が3本そろった久大本線~

まずはキハ71系。博多~由布院~別府間の観光特急「ゆふいんの森」新設で登場した、背の高い深緑色の車体を置いた改造車で、現在も引き続き「ゆふいんの森3、4号」で使用中です。
次にキハ72。キハ71系にそっくりな外観を持つ新製車で、登場時から現在まで一貫して、特急「ゆふいんの森」の博多~由布院間で使用されています。
そして、運転台を2階に上げた展望車が特長の、キハ183形1000番台。小倉~佐世保間の特急「オランダ村特急」でデビュー、その後特急「ゆふいんの森」、「シーボルト」と転用された後、特急「ゆふDX」で久大線に戻ってきました。
それぞれ各1編成4両ずつの存在で、検査や定期修繕の際には汎用型のディーゼル特急車両で代走、列車名を「ゆふ」に変えます。特急が1日6往復の路線で4種類もの特急車両を楽しめる、たぐいまれな路線です。

~国鉄時代から時が止まった下関駅~

1987年発足のJRも約20歳。国鉄時代に製造された車両は数を減らし、今やそれらは「国鉄型」と呼ばれ人気を集めるほどだが、山陽本線と山陰本線の列車が入る下関駅は、いまだに国鉄型車両の宝庫です。
JR九州の山陽本線は、関門トンネルをはさむ門司~下関間が交流電化と直流電化の2方式にまたがるが、同社の新車は地下鉄用をのぞき交流専用なので、ここを走れる交直流電車は国鉄型に限られます。
JR西日本の山陽本線も、同社の新車は関西地区に投入して、下関にくる電車は国鉄型のまま。山陰本線も、電化された京都側や、高速化が完成した鳥取・島根県内と違い、山口県内の車両は昔も今も国鉄型です。
数少ない下関経由の特急列車も、いまだに国鉄型車両のままです。駅舎や駅構内も、1942(昭和17)年の移転開業時の姿をほぼ残します。通勤通学や海峡観光の拠点として親しまれる駅に、懐かしの国鉄が生きています。

~懐かしの都電が函館市電で活躍中~

かつて都民の足であった東京都電は、1967年~1972年にかけて路線の大部分が撤去されました。唯一残った荒川線も近代化され、路線や電車にかつての都電の面影は薄くなっています。その最盛期に都心を闊歩した電車が、今でもレトロな港町・函館で活躍しているのをご存知でしょうか。
1955年製造の都電7000型は、1970年に10両が津軽海峡を渡り、1000型に名を変えて今も3両が現役です。ワンマン運転のために前面の3枚窓を2枚に減らした以外に大きな改造はなく、懐かしい車体が函館の中心街で動いています。老朽化は否めないが、地味ながら最後の活躍に励んでいるのです。
同型車は都電荒川線にも残りますが、1977、1978年に全車両が更新改造を受けました。そのうち4両は1992年と1999年に愛知県豊橋市内の路面鉄道に移籍し、現役を張っています。
そのほかに、1955年製造の都電杉並線用2000形で1969年に長崎市内の路面電車に移籍した6両のうち1両が今も残りますが、最近はあまり走らないようです。

~昔風の車両で統一された関西の私鉄電車~

国内有数の大都市圏である、京阪神地区。ここにはじめて訪れた人は、とても古めかしい電車が現役でたくさん走っていることに驚きます。
その正体は、大阪・梅田と京都や神戸や宝塚を結ぶ阪急電鉄。関西を代表する私鉄であり、歌劇団やデパート、不動産など、幅広く事業を展開する大企業です。その車両の姿に、昔から独特の美学を貫いているのです。
車体はマルーン色、車内に入ると昔懐かしいばねの効いた椅子が丸く盛り上がります。窓はごつい金属のフレームにはめられ、その日よけはロールカーテンではなく鎧戸と呼ばれる金属板です。
最新型から現役最古参まで、ほぼ同様の姿です。関西人には当たり前な風景も、関東人など他の地域の方には、カルチャーショックを与えるに十分でしょう。

~インフォメーション~


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