出口のない【海芝浦駅】とはどんな駅?

~不思議な【海芝浦駅】~

出口のない駅。そんな駅があるわけはないという思いますが・・・。それはJR鶴見線・海芝浦駅。東海道本線・鶴見駅から鶴見線へ乗り換え、終点の駅です。

~海と工場にはさまれた駅~

駅に降り立つと、横はすぐ海。 50cmはある大きなボラが目の前で飛び跳ね、カモメが空を飛びます。出口を探すとそれらしき建物はありますが、その建物に入ろうとするとガードマンに止められます。よく見ると改札ではなく、「東芝京浜事業場」となっています。
ガードマンに出口を聞くと、「ありません。詳しいことはJRに聞いてください。」と言います。仕方なく、ひとつしかないホームをうろうろしながら写真を撮り、隣接する公園でひと休みして帰ろうとすると、今度は列車がありません。昼間は1時間に1本しかないといいます。
時間をもてあましていると、ヘルメット姿のJR関係者が話しかけてきました。風で倒れた駅の壁を修理に来たといいます。「横がすぐ海だろう。突風で壁ごと倒れちゃったんだよ」といいます。よく見ると、壁のいたるところに亀裂がはいっています。修理といっても、壁を起こして屋根をワイヤーで結び直しているだけです。ほかにも、幽霊の出る駅の話や無人駅の切符箱の鍵をなくして各駅の鍵を壊して回った話などを聞きましたが・・・。
その男性が去って、再度公園で電車を待って、首都高速湾岸線・鶴見つばさ橋や、遠くにレインボーブリッジも見えます。行き交う貨物船も情緒があって素晴らしいです。駅を出るには、海に飛び込むか不法侵入しかありませんが、この景色を見に一度は訪れてみてもいいと思います。「関東の駅100選」の掲示があったのもうなずける風景が広がっていました。

~鶴見臨海鉄道が鶴見線の前身~

JR鶴見線といえば、日本テレビ「ザ!鉄腕DASH」で、1996年2月29日に放映された「対決TOKIO vs 電車」でも有名です。鶴見線は東海道本線・鶴見駅~扇町駅を結ぶ本線と、浅野駅から分岐し海芝浦駅へ至る海芝浦支線、そして安善駅から分岐し大川駅へ至る大川支線の3線から構成されます。
1926(大正15)年3月10日に、鶴見臨港鉄道が浜川崎操車場~弁天橋駅間、武蔵白石駅~大川駅間で貨物専業鉄道として開業したのが前身で、1943(昭和18)年6月1日に国有化されました。沖の埋立地の輸送機関として敷設した路線であった名残りもあり、このほかに貨物線があるほか、沿線各工場への専用線が延びています。

~海芝浦駅のゆらい~

じつはこの駅は、東芝の私有地に建っています。駅の出口がそのまま工場の門となっていて、東芝の従業員や東芝に用事のある人以外は駅から出ることができない、というのもうなずける話です。JRは、東芝に借地料を支払い使用しているんです。
駅名のゆらいも、やはり東芝に関係しています。東芝の旧社名、東京芝浦電気と、海に接していることからその名がついたのだといいます。1面1線の片側ホームで、終点側の端に改札口があり、Suica端末がぽつんと立っています。隣接する公園や自動販売機も、景色などを見にくる一般客のために東芝の好意で置かれたものらしいです。

~小説にも描かれる駅~

第111回芥川賞受賞作『タイムスリップコンビナート』で笙野頼子は、「誰だかよくわからない人」に呼び出され海芝浦駅へ向かう旅の様子を描きました。
また鉄道業界で知らぬ人はいない故・宮脇俊三氏は、その著書「時刻表2万キロ」の第2章で海芝浦駅を描いています。その後ローカル線や駅の文章を書くなかでたびたび鶴見線と海芝浦駅の名をあげ、「どこか旅へ行ってみたいが遠くへ行く時間のない人は、海芝浦駅へ行ってみるとよい」というようなことを書いています。休日はこれらの作品を読み、海芝浦駅を訪れるファンなどでにぎわうことも多いといいます。

~インフォメーション~

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